日本禁煙学会、NHK「ためしてガッテン」に訂正放送を求める。

私は前のエントリーで「ためしてガッテン 2009年11月25日放送回 吸ってなくても!謎の肺がん急増中」は誤解を招く放送で、番組内で言っていた喫煙が原因の肺ガンは2割、原因不明が8割ということでも、番組で印象づけているほど女性の原因不明な肺ガンは多くないんじゃない?と書きましたが、
日本禁煙学会(一般社団法人/NPO法人)は、

女性肺ガン死の少なくとも4割はタバコが原因です。

とし、訂正放送を求めています。
詳細は日本禁煙学会の、ACTIONというところに《NHKためしてガッテン!」(2009年11月25日放映)の重大な誤りに対する訂正放送の要請》というWORDファイルがありますので、そちらでご覧下さい。

但し、番組を見た私の記憶では、「肺ガンの」2割とは言っていましたが、「肺ガン死」の2割と言っていなかったと思います。早期発見・治療がテーマですし。
ただ、「女性の肺ガンの場合タバコと関係が薄い」という誤解を持つ人が増えるのもまずい。日本禁煙学会がこういうアピールをするのは当然だと思います。

誤解を招く「ためしてガッテン」とさらに誤解を招くJ-CASTの記事

(12月7日 円グラフと注記を追記)

J-CASTの記事と元になった「ためしてガッテン 2009年11月25日放送回 吸ってなくても!謎の肺がん急増中」について。(ブックマークでは書ききれ無かったので)

実数はどうなのか

「女性の方はむしろ、タバコを吸っていない人に(肺がんが)多く見られます」

という専門家の言葉と『喫煙』2割『不明』8割の円グラフだけ出して「こわーい」とゲストに言わせる手法に違和感を覚えました。

実数はどうなのか大雑把に調べてみました。
公益財団法人 がん研究振興財団
部位別がん罹患数(2003年)(pdf) より
男性 55,928例 の(不明な原因3割) = 16778.4
女性 22,817例 の(不明な原因8割) = 18253.6
(3割、8割はためしてガッテンで示していた大体の割合です。)

あれ?女性に多いっていうほど多くないんじゃない?
(この計算、間違っていたらどなたか教えてください。)

男性:喫煙が49.7%、男性:不明が21.3%女性:不明が23.2%、女性:喫煙が5.8%です。
(注記:ただし、これは正確なものではありません。ためしてガッテンで示していた3割、8割という大体の割合で、「女性に多い原因不明の肺ガン」が男性、女性合わせてどの程度を占めるものか、仮想的に出した割合です。ちゃんとした割合を求めるには、まず原因別の罹患数を調べる必要があります。)

「女性の方はむしろ、タバコを吸っていない人に(肺がんが)多く見られます」

という専門家の言葉も確かに正しいのですが、女性は喫煙率低いんだから喫煙由来の肺ガンは少ない→相対的に非喫煙の肺ガンは増えるという情報や、肺ガンの絶対数は女性の方が少ないという情報を出さないのは、誤解を招くと思いました。

治療が効きやすい

番組でスタジオゲストの先生が言っていたのは今回のテーマの「女性の原因不明のガン」は「治療が効きやすい」ということ。二人めの先生が「二年に一回の検査」と言っていることとあわせると、進行の遅いガンなんでしょう。

J-CASTの記事では

ただし、たばこを吸っている人はもっと短いタームでCT検査が必要だとも。

となっていますが、自分が番組を見た感じではニュアンスが違います。
スタジオゲストの先生が言っていたのは、「ヘビースモーカーの場合、半年ごとのCT検査でも、半年前何にも無かったのに、半年経ったら突然出てくる」というような内容のことでした。
「ヘビースモーカーの場合は、半年ごとにCT検査しても、うまく早期発見して、治療できるとは限らない。」という意味に感じました。

なんらかの化学物質

番組中では今回のテーマの「女性の原因不明のガン」の原因は、
避けられない異物など(=空気中のなんらかの化学物質)+女性であること(=女性ホルモン)
としつつ、「タバコ煙に含まれる化学物質はおよそ4000種」と紹介して、避けられない異物=空気中のなんらかの化学物質は、絶対タバコは関係ないとは言いきれないとし、冒頭の肺ガンになった非喫煙者の女性も、喫煙者と接触することがしばしばあったことを言っていました。

子供の尿のニコチン代謝

換気扇族、ベランダ族のお父さんのいる家庭の子供のニコチン代謝物の量が、喫煙者のいない家庭の子供に比べて4倍以上という情報。タバコを吸った後五分間は肺の中にタバコの煙が残っていて、その影響であろうということ。
※このコーナー、本題と関係が薄く、番組の尺を埋めるためのコーナーかと思いました。

番組の結論(ゲストがガッテン、ガッテンをするところ)

  • タバコを吸わないからと言って肺ガンにならないとはいえない
  • タバコを吸わない女性は二年に一回のCT検査で早期発見

でした。これだけなら当たり障りのない内容なのですが、番組を要約した(であろう)J-CASTの記事だと印象が結構変わっています。

私の結論

  • ためしてガッテンの内容はまぎらわしい、誤解を招きかねない
  • J-CASTの記事は元番組のせいもあるが、さらに誤解を招きやすい

「禁煙ファシズムと断固戦う!」の帯の背表紙側

禁煙ファシズムと断固戦う! (ベスト新書)

禁煙ファシズムと断固戦う! (ベスト新書)

こちらをamazonで買ったんですが、帯の背表紙側に本文から印象的なフレーズが引用されていました。(もし、本屋で手に取って、裏がえしていたら、書棚に戻しておしまいだったかもしれません。)

仮に私がガンで死んでも、それはタバコのせいではなく、この戦いから来るストレスが原因である

この文だけで、いろいろ考えがうかびます。

  • 誰かがガンになったとして、その人のガンになった原因を、一つに特定することなんて無理なのに。
  • 戦いから来るストレスが原因というが、その「ストレス」だって生きていくうえで、あらゆる場面でいくらでも受けるもの。どうやって「戦いからくるストレス」と特定するのだろう。
  • なんだかものすごい決めつけた一文だけど、ファシズムだのファシストだの言ってるのも、こういう決めつけじゃないの?

初出一覧を見ると、巻頭漫画は「漫画実話ナックルズ」2008年7月号(これは小谷野さんのfotolifeで公開されています)。第1章は「中央公論」2009年4月号。あとは日本パイプクラブ連盟のサイトの文章、ブログの文章です。帯裏の文章も、パイプクラブに載っています。 禁煙ファシズムにもの申す - プチブル・ファシズム
私は漫画も中央公論も読んでいたので、どうにも買って損した感じがします。まあ加筆もあるかもしれませんので、おいおい読もうと思います。

室井先生の疫学批判・疫学は推計に過ぎない

ここからp79〜「疫学の問題点」です。
p79〜81で述べていることをまとめると、

  1. 「疫学は推計に過ぎない」
  2. タバコは動物実験で肺ガンは発生できない
  3. 動物実験で肺ガンが発生した他のものがあるのに、有毒性が喧伝されているのはタバコだけ

上記について言いたいこと。

  • 疫学調査をしない病気はない(最初に行われるのが疫学調査
  • どの病気でも疫学調査は重要視されている
  • 動物実験で発生が確認できても、疫学調査で認められないものは重要視されない(マウスやラットは人間じゃない、慢性ヒ素中毒で人は発ガンがあるが動物実験では認められない)
  • 病因物質(細菌やウイルス、栄養素の欠乏等)や機序が判る前に、「井戸」や「不潔な手」や「麦飯を食わせる」などを特定できるのが疫学調査
  • コレラ、産褥熱、脚気など、病因物質を特定するまえに病気を抑えることの出来た例は幾多ある。(「ジョン・スノー コレラ」、「ゼンメルバイス OR ゼンメルワイス 産褥熱」、「高木兼寛 森鴎外 脚気」等で検索してみてください)
  • 「疫学は推計に過ぎない」で疫学調査を軽視すると、解明を遅くするだけである。水俣病の認定問題も、早期に疫学調査に基づき摂取を制限すれば拡大を防げたし、認定問題においても早く解決したという*1

ですから、タバコの害に関する「科学的研究」というのはすべて疫学的統計調査によって行われているものなのです。疫学はもちろん「科学」です。ですが、疫学にできることはある種の「相関性」を取り出すことだけであり、決して「因果関係」を証明することはできません。タバコの場合は、都合のいいデータや数字だけを取り出して、恣意的に数字を操作したり、誇張して伝えたりしているだけであり、「タバコ=肺ガンの原因」説は科学的には完全に証明されているとはとうてい言いがたいのです。
(「タバコ狩り」p81)

《タバコの場合は、都合のいいデータや数字だけを取り出して、恣意的に数字を操作したり、誇張して伝えたりしている》と述べていますが、室井先生は世界中の研究から、《都合のいいデータや数字だけを取り出し》た具体例や、《恣意的に数字を操作した》具体例を出せていません。《誇張》は宣伝、広告の部分を述べているものと思いますが、それは《誇張》した表現です。

室井先生の疫学批判・コホート研究にすぎない

疫学にできることはある種の「相関性」を取り出すことだけであり、決して「因果関係」を証明することはできません。
(「タバコ狩り」p81)

室井先生は疫学研究がどういうものか、理解していないようです。無数の「相関関係」から「因果関係」を導き出す方法論、ノウハウが疫学であると言っていいと思います。

ある物質に曝露した集団と曝露していない集団を比較するコホート研究と、ある疾病による症例を、性、年齢、社会的背景などを比較・解析する症例対照研究の二種類がありますが、タバコに関する研究のほとんどはコホート研究にすぎません。そこでは、社会的背景は反映されていないのです。
(p81)

この解説は壊滅的に間違っています。《曝露した集団と曝露していない集団を比較する》ことも、《性、年齢、社会的背景などを比較・解析する》ことも、コホート研究、症例対照研究の両方とも行います。
コホート研究は《性、年齢、社会的背景など》の影響の少ない集団を選んで長期的に観察する研究です。より信頼度が高いのはコホート研究の方です。
どうやって仕入れた知識かわかりませんが、疫学について一般人向けの本すら読んでいないことは明らかです。嘘まみれの嫌煙キャンペーンを、大学人はどう考えるのか?(初出:大学内パンフレット「ヘルシーキャンパス21」2005年9月16日発行)」からおよそ4年。疫学研究に基づく発表を疑問視し続ける室井先生ですが、WHO等の専門機関がどういう研究をしているか調べようとする気も無いのでしょうか。

ストレス

前の竹本信雄さんの文章を受けて、

ただ、タバコを止めたところで、それ以外の要因、たとえば飲酒や食事や生活習慣や運動や睡眠、遺伝的要素(生まれつき消化器系が弱い、等々)、人間関係のストレスなどによって、タバコと同じかそれ以上に健康を損なわれることだってあるのではないかと思うのです。場合によっては、タバコを吸うことでストレスを発散し、のんびりとタバコの味を楽しんでいた方が、健康のために良いということもあるのではないでしょうか?
(p78)

と述べています。

大抵の病気は複数の要因が重なり合って起こります。タバコは《それ以外の要因、たとえば飲酒や食事や生活習慣や運動や睡眠、遺伝的要素(生まれつき消化器系が弱い、等々)、人間関係のストレスなど》に悪い方向の相乗効果をおこします
複数の要因から健康を損なわないように取り除けるもので現状最も効果が期待されているのが喫煙と、受動喫煙です。なにせ全死因の一割です。
(知っている例外では潰瘍性大腸炎という病気に罹患している喫煙者が禁煙すると、病状が悪くなることが多いとのこと(参考:微量の一酸化炭素が腸の炎症を改善 : 草はみの潰瘍性大腸炎・クローン病最新情報)。しかし喫煙によって引き起こされる他の病気のほうが多過ぎるので、「この病気になる可能性を恐れて禁煙しない」ようなことは本末転倒といえるでしょう。)
仮にタバコによる病気を無視するとします。以前は重度の依存に陥っている人であっても、タバコを吸う場所に困るということも無かったので、ストレスを発散することも出来たかもしれません。
しかし他人の健康に配慮しなければいけない現在では、公共の屋内では吸えず、路上の人通りの多いところでは吸えず、かえってタバコ以外のストレスに加えて「タバコを吸えないストレス」が増える状況になっているとは思いませんか?
「1日5本」で済むほどの、依存度の低い人ならば「吸えないストレス」も大したことはないかもしれませんが、そうでない人は「吸えないストレス」を感じ、吸えるときに「吸い貯め」と称して多く吸ってしまったりするのではないでしょうか。こういった人は、喫煙を完全にやめてしまったほうが、よりストレスの溜まらない生活をおくれ、健康のために良いと思います。

用量、蓄積、依存症

ちょっと前にさかのぼりますが、
p76から、竹本信雄さんの喫煙の効用と危険性の「社会の問題と個人の問題」を引用しています。

胃ガンで亡くなる方は年間約5万人です。塩辛い食べ物や、焼き魚・ハンバーグなどの焦げに含まれるヘテロサイクリックアミンというきわめて発がん性の強い物質が原因に挙げられたりします。

大腸ガンで命を落とす方が増えています。1年間に3万5000人が亡くなっています。今後急増することが心配され「21世紀病の代表格」などとも言われます。肉食など欧米型の食生活や、ストレスなどが原因だそうです。

そこで、「焼き魚や肉食を控えましょう。」とは言われますが、焼き魚やハンバーグ・肉食を禁止したり、焼き魚や肉が好きな人を非難したりはいたしません。判断するのは各個人の問題ですから、当然のことだと思います。しかし喫煙については、同じようには考えられていないようです。

民主主義の社会なら、社会の問題と個人の問題をきちんと分けるべきだと思います。社会のために個人の自由を抑圧することを全体主義といいますが、喫煙の問題に関しては全体主義がはびこっています。

社会の問題と個人の問題」の最初の段落と最後の段落を引用しないことが気になります。↓

日本で肺と気管支のガンで亡くなる方は約5万2000人で、その原因の第1にあげられるのが喫煙です。社会的に大きな問題ですから、その危険性は大いに訴えるべきだと思います。しかし、判断するのは各個人の問題だと思います。

受動喫煙はきわめて重大な問題です。タバコを吸わない人、嫌いな人の立場に立てば、0.1%だって死の危険性が増すことは容認できません。ですからしっかり分煙することが必要です。

能動喫煙も受動喫煙も、専門機関の発表を疑わしく思っている室井先生にとって、都合の悪い部分だったのでしょう。

用量、蓄積、依存症

竹本信雄さんの文章について。焼き魚や肉食は、焦げを取り除いたり控えたりすれば済む話ですが、タバコの場合は健康リスクを考えるならば完全に止めるべきだし、完全に止めてしまうほうが控える(本数を減らす)よりもかえって楽である場合がかなり多いと考えられているからです。
確かに、タバコが影響する疾患のうち本数が少なければリスクが少ないとされているものは多いです。
禁煙バトルロワイヤル (集英社新書 463I)
という、喫煙者の爆笑問題太田光さんと、呼吸器科医師の奥仲哲弥さんの対談で構成されている本で見たのですが、1日5本程度ならば、肺ガンもCOPDも平均寿命までは大丈夫だそうです(「禁煙バトルロワイヤル」p135-136)。しかし、これは吸い始めたころから1日5本ならば、の話です。1日20本×20年吸って来た人が、明日から1日5本にしても、20年1日5本の人と健康リスクが同じになるわけではありません。タバコによる疾患は、長い時間の蓄積で起こるものが多い。ということは、蓄積を解消するのにも長い時間がかかるといえます。蓄積を解消するのに、「控える」では時間がさらに長くかかることは容易に想像ができます。寿命をのばす結果は得られないかも知れません。
ちなみに、魚の焦げは、通常食べる程度なら気にしなくていいそうです。http://www.convention.co.jp/hcs/kenkou/kenkou11.htm
また、タバコの場合、例えば「1日5本に控えなさい」と言われて、実際に控えることができる人は少ないと思われます。
依存性薬物だからです。アルコールほかの依存性薬物の例を見ても、自分で制限出来ないような強度の依存に陥った場合は、絶つか、絶てないもの(水中毒など)は24時間管理下に置くしかないです。タバコの場合、映画の途中でタバコを我慢出来なくてロビーに吸いに行く人とか(もしくは映画館に行かないとか)、数時間の電車の移動ではタバコが吸えないので別の手段を考えたり、鉄道会社に訴える人(極端な例ですが)などは、「1日5本に控える」など出来ないでしょう。
「自分は5本に出来たよ」と言う人。良かったですね。依存度が低かったようです。あなたがそうであったとしても、他の喫煙者みんなが出来るとは限りません。まわりに迷惑をかけていなければ、吸い続けて問題ないと思います(健康リスクについては自己責任)。(禁煙に苦しんでいる人に喫煙するのを見せ付けるのはかわいそうだからやめてあげて下さい。)

補足

発がん物質について、室井さんの過去の文『「嫌煙運動」という神経症』でありまして、その当時に山形浩生さんワイネフさんによる詳細な批判がなされています。これらの批判があったので、竹本信雄さんの文章を引用するかたちにしたのかもしれません。

タバコ(の中のニコチン)は依存性薬物であるということを認めない人がいますが、依存症は「否認の病」ともいわれます。http://www.geocities.jp/m_kato_clinic/alco-goroku-hinin-1.htmlこちらの語録、酒をタバコに置き換えても結構通ると思いませんか。
納得出来ない方。ちょっと古い本ですが、

タバコはなぜやめられないか (岩波新書)

タバコはなぜやめられないか (岩波新書)

この本でボランティアの囚人にニコチンを注射する実験などがあります。
ニコチンは依存性薬物 宮里 勝政 氏こちらに著者のインタビュー記事がありました。